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住宅のデザインとアイデンティティー

住宅のデザインとアイデンティティー
住宅建築家 矢野としての投稿 = 長文という意味です(笑)

 

 

 住宅のデザインはアメリカで確立した。

 

アメリカは世界中の移民を受け入れ世界中の建築様式に沿ったデザインを実物として具体的に比較する事が出来たからである。

 

 そのデザインの違いをスタイル=様式といい、宗教や出身国ごとに 明確なルールが存在する。スタイルを範とする建築はその後、20世紀初頭のフランクロイドライトのプレーリースタイルというアメリカ独自のデザインスタイルや国際主義者から生れるインターナショナルスタイルが生れるまで、殆どの建築が様式デザインの中で造られた。

 

17世紀、ヨーロッパから新大陸アメリカへの入植が始まったころ、人々は同国移民同志が寄り添い、祖国のデザインを模して建設され居住区(=コロニー)を形成した。それらは国ごとの特色を顕著に表し、イギリス人居住区の住宅はイングリッシュコロニアル、スペイン人居住区の住宅はスパニッシュコロニアル。オランダ人居住区の住宅はダッチコロニアルと、それぞれの出身国の名前で呼ばれ住宅のデザインもそれを引き継ぐ事になる。

 

 1987年憧れて渡米した自分が、逆に米国で日本人であることを認識し日本人らしく振る舞い、仏教や日本の建築や文学に興味が湧くということが起きた。

 

18世紀当時の自然社会のアメリカでは、同じキリスト教国、同じヨーロッパの隣国であっても、郷愁やナショナリズムを心の拠り所とし明確化・区別化したいと考え、自分の出身国や宗教を自己アイデンティティーの表現として住宅デザインをもって表現したとしても何ら不思議ではない。スタイル=様式とはそのような背景もって形成されたのである。

 

 随分少なくなったが、「洋風」とか「アーリーアメリカンスタイル 」といった名称で売られる住宅の広告を見かけると、外国のテレビや映画に出てくる中国も韓国もごちゃまぜの日本風建築物に感じる違和感と同じ感覚を覚える。

 

この時代のデザインを複合的に称してアーリーアメリカンと総称するが余りに広義である。建築に身を置くものとしての知識としては寂しい。 

 

 
 先に上げた植民地の名を冠した様式以外にもジョージアン、イタリアネート、スイスコテージ、チューダー、ゴシック、クラフツマン、etc,etc,,,.宗教的な表現や思想的な表現を体現する多くの様式が産まれ存在し今も使用され続けている。
 現在は人種の多様化を受け折衷様式となることが多くなったがそれでもスタンダードなスタイル=様式のディテールを踏まえる事を忘れてはいない。(そう、スーツのデザインが変化しているのに似ている)

 

 
 1940年代から、それまでの古典的な装飾的デザインを排除するデザインとして国家にとらわれないデザインのスタイル=様式をインターナショナルスタイルが生まれ始める。1960年代に入ると建築の合理化を目指し、新建材・工法に挑戦的だったコルビジェやイームズらが中心となり(日本の書院作りに影響されたと言われる)鉄骨を多用する事で具現化していく。特にカリフォルニアで行われた「ケーススタディハウス」と呼ばれた挑戦は、現在の日本の設計者のデザインソースにもなっている大開口リビングが多用された。同時期、建築を有機的なものとして捉え続けたフランク・ロイド・ライトも名作『落水荘』を発表、始めて陸屋根を採用した。彼が63歳の時である。

 

 ところで、18世紀、英国から独立運動を勝ち取り、国民国家として晴れて自由の身となったアメリカという国のグランドデザインはどこに向かったのであろうか? ホワイトハウス・国会議事堂・ペンタゴン。これらの政府機関の建物は、民主国家の原点であるギリシャにそのデザインソースを求め、グリークリバイバル、又はフェデラル=連邦様式としてアメリカの民主主義を今でも表現し続けている事はとても面白い。

 

 明治維新・文明開化後の日本は国際社会の一等国を目指し建築デザインを西洋化してきた。そこには封建社会のアンチテーゼとして民主国家を標榜する西洋国家に求めた事も一因であろう。戦後はGHQの指導の基、アメリカ式の民主化の教育を受け、日本人らしく多くのアメリカ式の豊かな西洋文化を合理的に取り入れてきた。その是非は別の議論とするが、我々の世代はその影響を受けたことは抗いようがない。近年、近隣諸国との関係の見直しを迫られる中、ようやく日本オリジナルを作り・見直す活動が活発化してきた。

 

アイデンティティーは育った環境によってつくられる。
自分は子供達に何を表現し何を残すのか。
家をつくろうとする時にこそ、塾考する良い機会なのだと思うのである。

2015年11月30日